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義経を辿って 総集編 その4

こんにちは
今回は義経シリーズ、「壇ノ浦の戦い」がメインになります。
前回までは、京都が舞台でしたが一気に進みます。
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当時の壇ノ浦は、今でいう山口県下関市にあたります。
栄華を誇った平家が滅亡に至った治承・寿永の乱の最後の戦いです。
この戦により、義経の名は一気に全国に知れ渡ることになります。
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関門海峡にある関門トンネルを抜けると、義経たちの像が出迎えてくれます。上がその写真。
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義経はこの時、27歳。
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こちらは、迎え撃つ平家の総大将 平宗盛。
・・・碇を持ち上げてる姿は「筋肉バカ」のイメージしかわかないんですけど(笑)

両軍の数は諸説が色々あるようですが、義経は一か月の間に平家を上回る兵船を確保していたといわれています。
そしてこの時、義経は潮の流れをも計算に入れ、勝利に導いたとされているので、戦の天才であったことは確かなようです。

IMG_6412.jpg
この時、義経が使ったのが以前紹介した鞍馬山で編み出した技「八艘飛び」です。
ただ、この八艘飛びは、地元の人から言わすと、ただ単に「敵に背を向けて逃げただけ」という説もあります(笑)
この壇ノ浦は、元々平家の家が多いため、義経に対しあまりいいイメージが無いようです。

IMG_6411.jpg
この時、義経は命に関わる致命的な失敗をしてしまいます。
源氏の勝利を悟った二位の尼とその孫である八歳の幼帝とともに、源氏が奪還を狙う「剣」と「宝玉」の神器を身に着け、海に投じてしまうのです。この剣と宝玉はこの国を治める者の証とも言え、今回の戦はこの神器のための戦いとも言えます。
宝玉は海の底から回収できたものの、剣(天叢雲剣)は見つけることが出来ませんでした。
この失態が、源頼朝の怒りに触れてしまいます。
そして、平氏を滅ぼした英雄が一転、反逆者の汚名を着せられ、逃亡の身となってしまいます。
IMG_4591.jpg
今もなお、この下関の海のどこかに神器の一つ「天叢雲剣」が眠っています。


源頼朝から反逆者扱いされたのは、前回の宝剣を失った失態だけでなく、もう一つ原因があります。
それは、後白河法皇から授かった官位を受けてしまったことにあります。
頼朝は、朝廷の支配から独立し、武家政権を樹立することにあったわけですから、朝廷からそういった位を貰い受けるというのは、決して許せることではありませんでした。

この後白河法皇という人物も、かなりの曲者で頼朝曰く「日本一の大天狗」とまで皮肉っています。
この法王は、頼朝と義経の確執を知りつつ官位を与えたり、頼朝追討の宣旨まで与えます。しかも、義経が行方不明になり自分の後ろ盾がなくなると、今度は義経追討の宣旨を頼朝に与えます。自分の保身のためには手段を択ばない狡猾さがうかがえます。こういう後白河法皇の本性を見抜けず、いいように利用されている義経に対し、頼朝は我慢できなかったのかも知れません。
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反逆者となった義経が逃避行を続け、最後にたとり着いたのがこの吉水神社でした。
この吉水神社は静御前と過ごした最後の場所でもあり、今もその言い伝えが残っています。
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この部屋が、この書院に残る潜居の間と言われています。
この部屋で静御前と5日間過ごしました。
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弁慶思案の間です。
見ての通り、潜居の間のすぐ隣にあります。畳一畳ほどの広さでしょうか。
義経はこの吉水神社を離れた後も逃亡を続け、4年後岩手県平泉の中尊寺にて自害してしまいます。
享年31歳でした。
・・・しかし、この義経の死には数多くの疑問が残っています。
たとえば、義経の首見聞が一か月も欠けて鎌倉に送られた史実から、替え玉説が存在します。
義経生存説は、室町時代から語られていたらしく、死してなお多くの伝説が生まれ、今日に至っています。
 

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その伝説の一つがこちら 北海道の「神威岬」です。奥州からひそかに逃れた源義経は、逃避行の際日高の首長のもとに身を寄せ、首長の娘チャレンカは義経を強く慕うようになります。しかし、義経は旅立ってしまい、悲しみにくれたチャレンカは、「和人の船、婦女を乗せてここを過ぐればすなわち覆沈せん」という恨みの言葉を残して海に身を投げてしまいます。その姿がやがて岩と化したと言い伝えられているのが神威岩です。
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チャレンカの嫉妬心が女を乗せた船を転覆させたことから、岬一帯が女人禁制の地になったとされています。
この女人禁制は1855年まで続き、それまで船の行き来は禁止されていました。
そのせいか、この神威岬の海は汚されず、現在でも北海道屈指の海の美しさを誇っています。

義経は、この海からアジアに渡り、「チンギスハーン=義経」なんてトンデモ説まで存在します。
義経の伝説は、西は九州から北は北海道まで。ここまで全国にかけて伝説があるのは義経だけじゃないでしょうか。
この北海道だけでも、義経ゆかりの地は50近く存在します。義経の死後もたくさんの伝説が生まれ、その伝説は自分の地元である京都でもその地域に密着した形で現在も残っています。
是非、皆さんのお住まいの近くに義経ゆかりの所がないか探してみてください。面白い発見があるかもしれませんよ?


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  1. 2013/06/05(水) 00:00:19|
  2. 源 義経
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<明石海峡ブリッジワールド その1 | ホーム | 義経を辿って 総集編その3>>

コメント

義経の足跡を追って東奔西走されたようですね。
吉野はかなり思い出が残りそうなところですね。行ってみたいところのかなり上位に入っていますが、東京からだときっちり予定を組んで行かないと、後悔することでしょうね。
  1. 2013/06/06(木) 12:14:46 |
  2. URL |
  3. AzTak #xZCYq0Xc
  4. [ 編集 ]

AzTakさんへ
こんばんは
東京から吉野へは、京都経由で行くことになるのかな?
しかし、京都から吉野まで2時間以上かかりますからね。
相当な長旅になるんじゃないでしょうか。
しかも、吉野は山道が多いので、道中も大変かもです。
もし行かれるのなら、相当の準備が必要かもしれません。
  1. 2013/06/06(木) 21:37:36 |
  2. URL |
  3. きみひと@ #-
  4. [ 編集 ]

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